25.01.31
月末締めをこのところすっぽかしている。約束では無いのでいいのですが(よくはない)
特に何もしていないのに時間が身体をすり抜けていくという、被害的な意識が頭を擡げる。
いやいや単に、何もしていないのではなく無駄をしているだけ
む!これはいい!と思ったインディーズバンドがメジャーレーベルからデビューして、その音楽性の影もなく無惨な形に出力されていると虚無感に見舞われる。流行なんてあってないようなものなのに(テレビ業界に目配せをする戦略によって今やタイアップが流通の大口になっているので、実は流行りの音楽に寄ったから売れたのでは無い)、それに合わせてくちゃくちゃになった音しか茶の間を漂うことができない
そんなバンドのベーシストが、自分がいいと思っているアルバムのベースを影響源にあげていて、そこでおれらは繋がっていたんだな、と思った。いや繋がっているとかはキモいな
ところで、音楽性ってなんですか?
他人とうまく暮らすことがどれだけ難しいのかすでにこれまでの十数年でよく知っている
年始は死ぬほど厄、というか穢れに見舞われ、どいつもこいつもいい加減にしろよと思った。真面目に話を聞く人間だとわかって話してくるものね〜
風邪をひいた。めちゃくちゃ寝て超スピードで回復した。でもすぐ具合が悪いフェーズに入ってしまったので、今月はずっと体調がどことなくおかしい
塩気のあるクロワッサン生地と、まばらに入ったチョコレートのバランス
視線、口調、声色、全部音に似ていて、それゆえに注意を払い過ぎてしまう
ギターをやりたいを、ギターをやる!に変える
同じく、やらなきゃ、をやれる!にする
親や恩師から、形のないものばかり貰っているが、音楽も形がないからそれでいいと思った方がいい いまだに物質主義の時代ではありますが
画面の向こうの人間に対して、手抜かないでくれよ、という類の、結構押し付けがましい正しさを抱かずにいられなくなりそうな瞬間、かなり自分を恥じている
正しさを相対的に捉えることは、結局、相互の立場をやや共感的に理解することに繋がっている。自分が第三者ならそれでいいのかもしれないが…
24.11.23
何処ぞの誰と知らない人が逝去したという投稿ばかり流れてくる
人のことを必要以上に考えなくてもいいということを分かっているが、抑制をかける前に思考が回転する
意外と人に言われた不可解なことって覚えているが、解決済みだから何ということもない 覚えているというだけ
意味がなくて、割とどうでもいいような他人の言葉を覚えている昼下がり
他人と自分とのあらゆるギャップを踏まえて、それをどうにかしようという方がいいのかも(殊勝)しれないが、場合によっては諦めることも手であるとよくわかっている
いつも美味しいコーヒー屋を教えてくれる、と言われて、どんな褒め言葉よりも噛み締められた
会(?)を開催することになった。数年越しの、ぼんやりと口にしあっただけの約束がまだ有効だったんだ、と思う
一駅歩いている間ずっとブチギレていた(けど最も豊かに自分を捉え直すきっかけをくれた)あの寒い夜と、楽しくお酒を飲んだあの寒い夜と、今夜との、確かな繋がり
"we all need a therapist." ということ
タグ、リスト、自由に換装可能な平原、優先的に提案される項目、主要なすべての外部コンテンツと紐付け可能なパッチ、お手軽なアノニマス製のパッケージ、計算機の組み込み
24.11.17
研究と作曲の合間に少しだけニュースを見て、寒くて、それから気力が削がれそうになった
1日や2日分だけの料理、炊飯、なんとなくやる気がでない
何も知らないことをまた知った。大体、音楽とは連綿たる文脈があからさまに表出するもので、アレンジとはそれとの整合性を図るものな気がする
歯が痛かったり喉が痛いと死ぬほどテンションが下がる
金銭の余裕がないのに、社会性のための嗜好品を買って後悔している。自分には必要のない社会性パーツ
複雑なトラウマに関する事柄を、どうするべきか、これもまたやらなくてはいけないこと
24.10.20
ぜんぜん難しい〜〜研究って難しい
無理やりご飯を口に押し込んだりした
季節行事のようにして、また新たに公開されるそれを、観なくてはいけない一方で、それがとんでもなくハードルが高い
この時期にまた体調を底まで崩したらどうしようという不安と(薬は持っているが)、即刻観なくてはいけない、そうでなければ精査できないという心地
これを引き金に他の鍵のかけた場所まで開いてしまうし、それがギリギリの均衡を保つ生活を侵食していくだろうし、でもそれが責任なのか?徒に自分以外のものを抱え込んでしまった責任?
一生これなのか?一生観なくてはいけない?
怒り、怯え、無力、諦念、苦しみ、閉塞、孤立、そしてまた怒り
朝日が昇ってSNSをチェックしてその文字列がないか、トレンド欄を選択する指が震えているのを無視しながらやり過ごすあの日々
定期的な便りだけが蜘蛛の糸さながらのあの日々
電車の液晶のニュース、街角の噂話、書店の雑誌棚、「いいね」欄
ケア、エンパワメント、正義、消費、倫理、心理学、性、表象、治療、暴力、支援、回復 並ぶ文字列、それでも妥当な網目には程遠い
情報との距離が肝要で、しかしそれを許さない諸々がある
観なくてもいいか?いやそれでは責任が果たせない その責任を果たさないことを、鬼の首をとったようにある人々は責め続ける
関係したならば責任の一端を担う、というのが一般論であるが、関係することとは、一体どこまでのことを言うのか
あなたは?あなたは関係していないの?
いや他人のことなんてどうでもいいですね
他人なんてどうぞ、勝手に言って思って息すればいい、他人の正しくなさなんてどうでもいい、勝手に沈んでいったりそれに気づかなかったりすればいい
絶対に崩せない他人との壁 線をまっすぐ引いたように、違ってしまっていること 一生他人のことは分からない
ところで、震災のあったところへみなさんはまだ支援を続けていますか?
旗が立つときだけの民衆でありたいですか?
毎回、財布の中のほんの少しを分けること、頭の中の時間をそれに割くこと、を続けている
なにより幼い頃の自分のために
いや明日早起きなのにな でも眠れないことには仕方ない
24.10.18
秋にしては暑い
毎年毎年毎年この季節になったら思い出すことを避けられない、ゆえに呼吸が出来なくなる、ということが増えていく
日付が押し潰す精神のことを世にある喧伝者は当然顧みない
許していないよ わかりやすい正義を表面上振り翳して曖昧にこんがらがっているが故に峻別しなければならないことをサボったり、それを黙認したり、いっちょ噛みしてお手軽な正しさに耽溺する人間たちを
いいことするふりしすぎです。普段からちゃんとやりなよね。まあどうせ無理なんでしょうけど
24.09.21
臨界点を悟ったとき、すぐにその対処をする、もしくは代替の処置をする。まだ間に合うか?
不覚だった 自分を過信しすぎた いや、問題を甘く見ていた?
本当に困っていて助けを求めたが、公然の場で理由なく拒否されたこと、その後メールか何かで理由を問うたら「あなたといるとずっと傷ついて嫌だったから傷つけ返したの。そうしたら本当にスカッとした」と告げられそのまま絶交(とでも言うのかなあの年頃は)された過去の記憶を不意に思い出した。4年くらい経って共通の知り合い経由で、「会いたい、今どうしてる?一緒にご飯行きたい」って言ってるよ〜と伝え聞いたことも。
謎だな、普通に
何が正しいのか、という問題系でやっているのではなく、何が正しさであるのか、という問題系で人生をやっているのですが
彼岸花が咲いていた 花弁が白い
笑っているしかない!!!人生短い!!!!
来るかもわからない明日に光を見出し生きること 泥に寝転び大きな声で笑うのだ